Mutsuming Blog

子育てにひと段落ついた50代のむつみんです。

日々目にするものは気になるのだろうか?

Salut 娘と話題のパン屋さんに行ってきた。

ランチができるコーナーがあるのだが、店の前にママ友らしきグループがいて、

楽しげで、だけどまだ来ていない人がいるから外にいる、という感じだった。

 

緊急事態宣言が解除されて、久々にランチをしようということかな。久々に見る光景だ。ちょっと懐かしい光景だ。

 

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私にもママ友と行った楽しいランチの思い出がある。

だが、面白くないのも、、、

 

それは子どもが幼稚園前の頃だ。

近所の同じ年の子がいるママさんと、我が家でランチを食べた。

帰り際に

「私はAちゃんと、○○を習いに行っている。」と言い出し、

「あなたとは、そういうんじゃないから。」

と謎の宣言をされた。

 

は????

誰も○○を習いたいなんて言ってませんけど。

見下された気がして落ち着かない。

羨ましがってるとでも思うのか?

私も行きたいと懇願するとでも思ったのか?

つうか、人の家にきて、ランチ作ってもてなした私に言うセリフかよ。

とっとと帰れよ。

 

その後、幼稚園はもちろん別である。自分が気に入った園に入った。

偶然にも同じ学区の子がたくさん入園して楽しく過ごした。

 

彼女とはそれなりに近所付き合いはあるものの、

「自分が誘ったものには来て。」

「私も付き合いで参加するのだから、あなたも来て当然。」

というのがありありと感じられるのだ。

もちろん徹底的に、やんわりとした言葉を選んでお断り

おかげでわたしは彼女の中では「ありえない程つきあいの悪い人」になっている。

周りに言いふらしているかもしれない。

 

★★★

 

そんな昔の一言を彼女はきっと忘れている。言われた私は根に持っている。

きっと、近所で日々、目にするから気になるのだろう。

角を曲がった見えないところに住んでいれば気にならないし、とっくに忘れているだろう。

 

映画「羊たちの沈黙」でもレクター博士が、連続猟奇殺人の犯人の見当もつかず悩むクラリスに言っていたじゃないか。

「日々目にしているものが対象になる」って。それで被害者の周りを調べだし、犯人につながる。

レクター博士、教えてくれてありがとう。(←そんな映画じゃないはず)

だが私にはまさにこれだなと思った。

日々目にしているものが気になっている。

それで頑張って「心の中」で彼女の存在を角を曲がった見えない場所に追いやった。

 

 

そんなことを平気で言える人は、よそでも、私以外でもやらかしているに違いない。

無理に付き合っても、違う案件で傷つきそうだ。

 

 

Au revoir